人は自分の行動を「自分の意識で決めている」と信じています。
しかし、脳科学と心理学の研究が進むほどに、それが幻想であることが見えてきます。
トール・ノーレットランダースの『ユーザーイリュージョン』は、
私たちの意識がいかに「遅れて生まれる物語」であるかを、膨大なデータで明らかにします。
意識と無意識のあいだにある見えない境界線。
それを知ることは、自分という存在をまったく別の角度から理解することでもあります。
意識はわずか40ビット、無意識はその100万倍
人間の意識が1秒間に扱える情報量は約40ビット。
一方、感覚器官が取り込む情報はその100万倍以上にのぼります。
私たちは圧倒的な情報の洪水の中で、
ごく一部を「意識できる世界」として構成しているにすぎません。
ここで興味深いのは、自動化された技能の力です。
練習を重ねるうちに、意識の帯域を圧迫していた作業が無意識に移り、
人はより高度な処理を「考えずに」行えるようになる。
この仕組みは、心理学でいう「自動化(automaticity)」や
ワーキングメモリーの限界を補う戦略とも密接に関わります。

意識は「後からやってくる」
脳科学者ベンジャミン・リベットの実験では、
人が「動かそう」と思う0.3秒前に、すでに脳の準備電位が立ち上がっていることが確認されました。
つまり、私たちは決定の作者ではなく、物語の語り手なのです。
この発見は自由意志の哲学的議論を一変させ、
「意識は出来事を説明するためのインターフェースではないか」という洞察へ導きます。

無意識を信頼するという自由
本書を読んで感じたのは、
「自分は思っているほど意識的に生きていない」という事実の中に、
むしろ深い安堵があるということです。
無意識は敵ではなく、長年にわたり私たちを支えてきた巨大な知性なのだと。
瞑想の実践もまた、意識の制御ではなく、
この無意識の働きを静かに観察し、信頼する過程なのかもしれません。
「考えないようにすること」——それは単なる訓練ではなく、
意識の幻想から一歩外へ出る試みとして読むことができます。

📘 参考書籍
『ユーザーイリュージョン ― 意識という幻想』
トール・ノーレットランダース 著/紀伊國屋書店
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