心理療法のはじめに──発達障害の視点をもつということ

色の異なる人型の木製コマが一列に並んでいる写真 心(Spirit)
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心理療法について考え始めたとき、私自身が最初に戸惑ったのは
「心理療法は、いったい何を目指しているのか」という点でした。

医療のように明確な診断や治療手順があるわけではない。
それでも、多くの人が心理療法に希望を見出すのはなぜなのか。
その問いに向き合う中で、「発達障害の視点」をもつことの重要性に気づきました。

この記事では、心理療法を専門的に解説するのではなく、
どういう見方で人と関わろうとしているのかという視点から整理します。

医療と心理療法の違い

心理療法を理解するうえで、まず押さえておきたいのが医療との違いです。

医療では、検査や診断に基づいて病名が定まり、
標準化された治療法が選択されます。
ここでは「共通性」や「再現性」が重視されます。

一方、心理療法には唯一の正解がありません。
同じ悩みや困難を抱えていても、
その背景や意味づけは人によって大きく異なります。

心理療法では、症状そのものよりも、
その人がどんな人生の文脈を生きてきたかが大切にされます。
医療が「病を診る」営みだとすれば、
心理療法は「人を理解しようとする」営みだと感じています。

心理療法が目指すもの──「治す」より「成長する」

心理療法の目的は、
「つらさを取り除いて元に戻すこと」だけではありません。

むしろ、これまでの経験をどう意味づけ、
これからどう生きていくかを一緒に考えていくことにあります。

失敗や傷つきから、自分なりの価値観を見出すこと。
他者と比べすぎず、自分の歩幅を見つけること。
そうしたプロセスそのものが、心理療法の大切な成果です。

医学が回復を目指す営みだとすれば、
心理療法は人生を再構築していくための支援だと言えるでしょう。

年齢と発達に応じた関わり方

発達という視点をもつとき、
年齢によって必要な関わり方が変わることも見えてきます。

乳幼児期には、養育者との関係の中で
「人への関心」や「安心感」を育てることが重要になります。
視線を合わせること、真似をすること、
そうした小さなやりとりが、後の社会性の基盤になります。

一方、思春期以降になると、
「標準的な発達」という物差しは急に当てはまりにくくなります。
環境や価値観の多様化に伴い、
支援も「その人らしさ」を軸に考える必要が出てきます。

心理療法は、社会に無理に合わせるための手段ではなく、
自分を整えるための時間なのだと感じています。

発達障害の視点をもつ

近年、心理支援の現場で
「発達障害の視点」が重視されるようになってきました。

それは、行動や感情の背景に
発達特性が関わっていることが少なくないからです。

注意がそれやすい人には、環境や課題の工夫が必要かもしれない。
人との距離感がつかみにくい人には、
関係づくりを段階的に練習する時間が役立つかもしれない。

こうした理解がないまま関わると、
本人の苦しみが「努力不足」と誤解されてしまうことがあります。
発達障害の視点をもつことは、
支援者が安心して関わるための土台でもあります。

トラウマの視点──心の傷を見落とさない

成人期の心理支援では、
発達特性に加えて「トラウマ」の影響も重要になります。

過去の体験が、今の反応や自己評価に影を落とすことは珍しくありません。
いじめ、失敗体験、強い否定を受けた経験などが、
長い時間を経て心に影響し続けることもあります。

発達特性とトラウマは、しばしば重なり合います。
どちらか一方だけで理解しようとすると、
その人の全体像を見失ってしまうことがあります。

心理療法では、
「何が起きたか」だけでなく、
それをどう受け止めてきたかに目を向けます。
語り直すことは、人生をやり直すことではなく、
意味づけを更新することなのだと思います。

まとめ──「治す」より「理解する」へ

心理療法は、技法や方法以上に
「どう人を見るか」という姿勢が問われる営みです。

発達障害の視点をもつことで、
支援の方向性はより現実的でやさしいものになります。
本人もまた、自分を責め続けなくてよくなります。

心理療法の目的は、治すことではなく理解すること。
その理解の積み重ねが、
人生を少しずつ生きやすいものへと変えていく力になるのだと思います。


参考図書

発達障害を年齢や生活場面ごとに整理しており、
全体像をつかみたい人にとって参考になる一冊です。

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