はじめに
仕事で、ADHD傾向のある子どもと関わる機会があります。
数時間一緒に過ごすだけでも、「集中し続ける」ことの難しさや、周囲の大人が抱える負担を間近で感じることがあります。
アンデシュ・ハンセン氏の『多動脳』を読んだとき、私はその子どもたちの姿が別の光に照らされるように思えました。
“落ち着かない” のではなく、 “動き続けることで整う脳” なのかもしれない。
困難はすぐに消えるわけではありません。
それでも、視点が変われば「しんどさ」に少しだけ余白が生まれる。
この本は、そんな気づきをくれた一冊です。
本書の概要
スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏が、ADHD(注意欠如・多動症)を “欠陥” ではなく “可能性” として描き直したのが『多動脳(The ADHD Brain)』です。
著者は、ADHD的な気質を 「人類が進化してきた過程で確かに必要とされた特性」 と位置づけます。
退屈が苦手で、新しい刺激を求め、未知へ飛び込む衝動性――それらはかつて生存そのものを押し進めた力でした。
ADHDを「欠点」ではなく「進化の形」として
ADHD傾向を持つ人は、脳のドーパミン反応が弱く、日常を単調に感じやすいと言われます。
だからこそ、環境を変え、新しい体験に手を伸ばし、動き続けてしまう。
狩猟採集時代、これは大きな強みでした。
- 未知の土地を切り開く
- 危険をすばやく察知する
- 新しい食糧源を見つける
- 仲間を導く
「落ち着きがない」ではなく、“動くこと” こそが人類を前へ進めた原動力だったのです。
淘汰されずに今も遺り続けているのには、理由がある――その視点は強く印象に残りました。
現代社会における「多動脳」の強み
現代でも、この気質は明確な武器になります。
- 新しい発想を生む
- 直感的に動き出せる
- 予測不能な状況に強い
- 興味のあることへの爆発的な集中
研究・企画・起業など、創造性と瞬発力が求められる場では、むしろADHD的な脳の方がフィットすることもあります。
一方で、アイデアを形にするには「まとめる力」が不可欠です。
ハンセン氏は、「ひらめく人」と「整える人」が組むことで最大化される」と強調します。
違いは分断ではなく、補完関係。
これは教育現場だけでなく、チームづくりにおいても大切な視点だと感じました。
ADHDと身体の関係:運動が集中力を高める
著者によれば、ADHD傾向を持つ人は人口の約10%。
そのうち薬が必要な人は半数程度ですが、
運動によって集中力が改善するケースは多い と述べています。
- 軽く走る
- 早歩きする
- 身体を大きく動かす
これらによって心拍数が上がると、脳内のドーパミンが自然に活性化され、集中しやすい状態になる。
前作『運動脳』でも繰り返し強調されていたポイントです。
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「落ち着かない」のではなく、
「動くことで整う脳」。
その発想は、支援にも応用できます。
- 席を変える
- 5分の小休憩を挟む
- 会議前にストレッチをする
小さな工夫でも、驚くほど効果があると本書は示しています。
印象に残った点
● 集中の波を味方につける
「20〜30分集中→5分休む」のサイクルは、ポモドーロ・テクニックに近い考え方。
集中と休息をリズムとして組み込むことが、結果的に持続力を高める。
● DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)の再評価
一般的には「雑念の源」とされるDMNを、著者は「創造性の起点」として肯定的に捉えています。
- やることと関係のないイメージが自然と浮かぶ
- ぼんやりすると、思いつかなかった発想が出る
「集中」と「拡散」の間に、人間らしい創造性が宿る。
この見方は非常に示唆的でした。
感想と余韻
“落ち着きがない”“じっとしていられない”――その言葉にネガティブな影がつくことは多いです。
しかし、『多動脳』を読むと、その特性はむしろ 「世界を探し続ける力」 なのだと思わされます。
多動脳とは、止まれない脳ではなく、
「まだ見ぬものを探しに行く脳」
なのかもしれません。
子どもとの関わりの中で感じる葛藤や、自分自身の「うまくいかない部分」すら、
この本を通すとほんの少しだけ違う景色に見えてきます。


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